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宇都宮地方裁判所 昭和60年(ワ)481号 判決

原告

菅野ユキ

ほか二名

被告

栃木県酪農業協同組合

主文

一  被告は

1  原告菅野ユキに対し金一五二四万六一四八円及び内金一三九四万六一四八円に対する昭和六〇年一〇月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、

2  原告菅野憲雄及び同菅野早夫に対し各金七二六万八三九四円及び各内金六六六万八三九四円に対する右同日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、

を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は

原告菅野ユキに対し金一七五四万六一四八円及び内金一五九四万六一四八円に対する昭和六〇年一〇月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、原告菅野憲雄、同菅野早夫に対し各金八三六万八三九四円及び各内金七六六万八三九四円に対する昭和六〇年一〇月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、

を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和六〇年七月一日午前一〇時ころ、栃木県塩谷郡高根沢町大字大谷一七〇一番地先道路上において、訴外菅野茂一(以下訴外茂一という)運転の農耕作業用の特殊自動車(トラクター、以下トラクターという)が訴外長井保雄(以下訴外長井という)運転の普通貨物自動車(集乳用タンク車、以下タンク車という)を牽引中、トラクターが横転し、訴外茂一は同日午前一一時一二分同町大字花岡二三五一番地菅又病院において第一頸椎骨折により死亡した(以下本件事故という)。

2  タンク車は訴外社団法人牛乳輸送施設リース協会の所有であるが、本件事故当時被告がリースを受け、自己のため運行の用に供していたものであり、本件事故は右運行によつて生じたものである。

すなわち、本件事故日の午前一〇時ころ、本件事故現場において、被告の従業員である訴外長井は、タンク車を運転して集乳作業に従事中、運転を誤つて左側の前後車輪を路外の畑に脱輪させ自力で脱出することが不可能になつた。

このため訴外長井は近くの訴外茂一宅に来て、訴外茂一に対しトラクターで牽引して引き上げてくれるよう慈願したので、訴外茂一はこれを承諾した。

訴外長井は、長さ約四・五メートルの牽引用ロープをタンク車とトラクターにつけ、タンク車の運転席に乗車してエンジンを始動させて操縦し、訴外茂一は、トラクターを操縦してエンジンを始動させ、アクセルを牽引し、引き上げる作業中、約一メートル動いたところで、畑に左車輪をとられたタンク車の重みに引つ張られて、トラクターは前輪が浮き、バランスを失つて横転し、本件事故となつた。

よつて、被告は自賠法三条により本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  本件事故による損害は次のとおりである。

(一) 逸失利益 一〇六七万三五七六円

訴外茂一は農業を営み、約二一〇アールの水稲、約一〇〇アールのビール大麦を耕作し、搾乳牛八頭を所有し、牛の飼育もしていたところ、少なくとも水稲で一一九万四七三二円、大麦で三二万八〇三〇円、搾乳牛で一八五万三五四四円、牛の飼育で四八万四〇〇〇円の年間収益があり、年間農業収入は三八六万〇三〇六円である。

訴外茂一は本件事故当時満六二歳の健康な男子で少なくとも満七〇歳迄八年間稼働可能であり、農業の寄与率を七割、訴外茂一の生活費を四割とする訴外茂一の年間純益は一六二万円を下らない。右金額からホフマン式計算方法により中間利息を控除すると逸失利益は前記の金額となる。

原告菅野ユキ(以下原告ユキという)は訴外茂一の妻、原告菅野憲雄(以下原告憲雄という)、同菅野早夫(以下原告早夫という)は訴外茂一の子であつて、前記損害賠償請求権について原告ユキが二分の一に当たる五三三万六七八八円、同憲雄、同早夫が各四分の一に当たる二六六万八三九四円ずつ相続した。

(二) 葬儀費用 九〇万円

原告ユキが葬儀費用を負担した。

(三) 死体処置料等 二万四三六〇円

原告ユキは死体処置料等を病院に支払つた。

(四) 慰謝料 二〇〇〇万円

他人の窮状に援助を依頼され、好意でしたことの結果としてはあまりにも痛ましく、原告らの精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては、原告ユキが一〇〇〇万円、同憲雄、同早夫が各五〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 三〇〇万円

原告ユキが一六〇万円、同憲雄、同早夫が各七〇万円ずつ

4  よつて被告に対し、原告ユキは前記各損害金合計一七八六万一一四八円から被告及び訴外長井の弁済金三一万五〇〇〇円を控除した残金一七五四万六一四八円、原告憲雄、同早夫はそれぞれ前記各損害金合計八三六万八三九四円、ならびに右各金員からそれぞれ弁護士費用を控除した残金に対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一〇月二六日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因の1の事実は認める。

同2の事実中自賠法三条の責任は争い。その余の事実は認める。

同3の事実は不知。

三  抗弁

訴外長井及び被告は、タンク車の運行に関し注意を怠らなかつたものであり、本件事故は訴外茂一の過失のみによつて生じたものである。またタンク車には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつた。

すなわち、訴外長井は訴外茂一に牽引してもらう際、訴外茂一の指示に従つてトラクターの後ろの小さなピンにロープを掛け、訴外茂一は自分の指示どおりにロープが掛けられていることを確認したうえ、これから牽引する旨訴外長井に合図し、トラクターのアクセルを強く踏んだため、バランスを失い転倒し、死亡したものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

訴外長井には次に述べるとおり本件事故の発生につき過失がなかつたとはいえない。

すなわち、路外の畑に車輪を脱輪させていたタンク車をトラクターで引き上げるのはそもそも無理な状況であつたにもかかわらず、訴外長井は訴外茂一に対し、タンクは空だから上るだろうと申し向けて援助を懇請した。

また、訴外長井としてはタンク車を操縦する等、引き上げ作業に直接関与し、引き上げ作業を支配管理する立場にあつたから訴外茂一に引き上げさせるに際し、トラクターがタンク車の重みで転倒するかもしれないことを予見し、訴外茂一に危険を十分認識させ運転操作に細心の注意を払わせるとともに、状況に応じて即時牽引作業を中止する等して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、事故現場において持参のロープをタンク車とトラクターにつけて連結し、タンク車の運転席に乗りエンジンを始動させクラクシヨンを鳴らして引き上げの合図をし、自らもタンク車のアクセルを踏んで操縦し、訴外茂一にアクセルを踏ませ、最初の試みが失敗しても作業を中止せず、訴外茂一にさらにアクセルを強く踏むよう指図し、その結果本件事故となつたものである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録、証人目録に記載されたとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実中自賠法三条の責任を除きその余の事実は当事者間に争いがない。

被告は、自賠法三条の責任を争うので、本件事故がタンク車の運行によつて生じたか否かについて判断する。

タンク車は路外の畑に左側前後車輪を脱輪させたため、自力で走行できない状態になつていたものの、タンク車の引き上げ作業に際し訴外長井はタンク車に乗車し、エンジンを始動させ、ハンドル、ブレーキによる操縦の自由を有していたものであり、タンク車とロープでつながれたトラクターの前輪が、タンク車の重みに引つ張られた結果浮いたため、トラクターが転倒したものであるから、本件事故はタンク車の運行によつて生じたものということができる。

被告はさらに自賠法三条の免責の抗弁を主張し、原告は訴外長井の過失を主張するのでこの点につき判断する。

成立に争いのない甲第四号証ならびに証人長井保雄の証言(但し後記採用しない部分を除く)と原告菅野ユキ本人尋問の結果(第一、二回)によれば、以下の事実が認められる。

訴外長井はタンク車を畑に脱輪させ、訴外茂一方に来てトラクターによる引き上げを依頼した。訴外茂一はトラクターによる引き上げが可能かどうか疑問に思つたが、訴外長井は、タンク車が空であること、ロープを持参していることを述べて協力を懇請した。そこで訴外茂一はトラクターを事故現場に運び、訴外長井がロープでトラクターとタンク車を連結した。訴外長井がタンク車に乗り込み、エンジンをかけアクセルを入れクラクシヨンで合図すると、訴外茂一もトラクターのアクセルを入れ、その結果タンク車は少し動いたが、トラクターが滑り、引き上げはできなかつた。そこで訴外長井のクラクシヨン合図に訴外茂一がさらにアクセルを強く入れると、トラクターの前部があがり、横転した。

以上の事実が認められる。

承認長井保雄の証言中右認定に反する部分は、原告菅野ユキ本人尋問の結果(第一、二回)に照らして採用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実から本件事故についての訴外長井の過失について検討するに、訴外長井はタンク車の引き上げを訴外茂一に依頼するとともに、ロープでタンク車とトラクターを連結し、自らタンク車を操縦し、クラクシヨンで牽引開始を合図する等して、引き上げ作業に直接かつ積極的に関与していたものであるから、引き上げ作業に際し、転倒事故を予見し、訴外茂一に対して危険を認識させるとともに、自らも細心の注意を払い、状況に応じて作業を中止する等して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを尽くさず、一度目の試みが失敗しても作業を中止せず継続させたため、訴外茂一をしてさらにアクセルを強く踏ませる結果を招いたもので、本件事故がタンク車の運行によつて生じたことは前認定のとおりであるから、訴外長井にはタンク車の運行につき過失があつたということができる。

訴外長井には前記のような過失があつたから被告の抗弁は理由がなく、被告は本件事故につき自賠法三条の責任がある。

二  次に本件事故によつて原告等に生じた損害について判断する。

1  逸失利益

成立に争いのない甲第一号証の一、同第五ないし七号証、原告菅野ユキ本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したと認められる同第八号証の一、二ならびに同本人尋問の結果(第一、二回)によれば以下の事実が認められる。

訴外茂一は本件事故当時満六二歳で、妻である原告ユキとともに農業に従事し、約二一〇アールの水稲、約一〇〇アールのビール大麦を耕作していた他、搾乳牛八頭の酪農と牛の飼育を行つていた。

栃木県内における昭和五八年度の同規模の水稲、ビール大麦生産農家の年間平均所得は一五二万二七六二円であり、同年度の搾乳牛八頭の年間平均所得は一八五万三五四四円となつており、訴外茂一は牛の飼育により年間四八万四〇〇〇円の利益を得ていたので、訴外茂一の年間農業収入は三八六万〇三〇六円を下らなかつた。以上の事実が認められる。

訴外茂一の農業の寄与率は七割、生活費は四割、就労可能年数は八年とみるのが相当であるから、同人の年間純益は一六二万円を下らないものというべきで、右金額からホフマン式計算方法により中間利息を控除すると訴外茂一の逸失利益は一〇六七万三五七六円となる。

成立に争いのない甲第一号証の一ないし三によれば、原告ユキは訴外茂一の妻、同憲雄、同早夫は同人の子であつて、訴外茂一の損害賠償請求権を原告ユキが二分の一(五三三万六七八八円)、同憲雄、同早夫が各四分の一(各二六六万八三九四円)相続した。

2  葬儀費用

訴外茂一の葬儀費用は九〇万円が相当であり、原告菅野ユキ本人尋問の結果(第一回)によれば、原告ユキが葬儀費用を負担したことが認められる。

3  死体処置料等

成立に争いのない甲第九号証によれば、原告ユキは死体処置料、診断書料として二万四三六〇円を支払つたことが認められる。

4  慰謝料

本件事故の内容、原告等が訴外茂一の死によつて受けた影響等諸般の事情を考慮すると、慰謝料は原告ユキにおいて八〇〇万円、原告憲雄、同早夫において各四〇〇万円が相当である。

5  弁護士費用

本件事案の難易、審理経過、認容額等から本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用は原告ユキにおいて一三〇万円、原告憲雄、同早夫において各六〇万円が相当である。

三  そうすると、被告は原告ユキに対し、前記損害額合計一五万一一四八円から弁済金三一万五〇〇〇円を控除した一五二四万六一四八円及び右金員から弁護士費用を控除した一三九四万六一四八円に対する本訴状送達の翌日である昭和六〇年一〇月二六日から完済に至るまで民法所定年六分の割合による金員、原告憲雄、同早夫に対し、前記損害額合計各七二六万八三九四円及び右各金員から弁護士費用を控除した各六六六万八三九四円に対する右同日から完済に至るまで同法所定同割合による金員の支払義務があり、被告に対する原告らの請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林登美子)

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